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高機能性塗料設計技術 ソリューションパートナー

高機能性塗料コラム

◯コーヒーブレイク、日本の特許第一号は「塗料」なんです。

 

投稿日:2018/8/6

 

 

「こんな塗料できないの?」に私たちが答えます。

 高機能性塗料設計技術ソリューションパートナーの柴田です。

  来る8月14日は「専売特許の日」です。この日は当社の創業者である

 堀田瑞松(ずいしょう)が出願した船底防錆塗料である

「堀田鑛止塗料及ビ其塗法」 (錆止め塗料とその塗り方)が、

明治18年(1885)8月14日に日本特許第一号 として認められたことに

因んで制定された記念日です。 

そこで、今月は日本で一番最初の特許を取得した「堀田瑞松」と言う人、

そして日本特許第一号である「堀田錆止塗料」について説明します。

 

◇「堀田瑞松」の生い立ち・・・

  堀田瑞松は天保8年(1837) 4月28日、但馬国豊岡(いまの兵庫県豊岡市)

 に生まれました。

 

刀の鞘塗師(さやぬりし)である父の技術を体得した後、22歳になった瑞松は京都に上り、鞘塗師だけでなく、唐木細工や彫刻も手がけて技術の向上に努めました。やがて、鉄筆によって書画を彫刻する新技術も開発し、次第に世評が高まって、京都御所へ作品を納入するまでに至ります。

 

慶応元年(1865)には、孝明天皇より水晶宝珠の檀座(たんざ)彫刻の特命を受け

波の間から浮かび出る水晶の珠を彷彿とさせる檀座の彫刻を完成させました。

この出来栄えを大いに喜ばれた天皇から「瑞」の一字を賜わり、

「瑞松」との号に改めたのでした。

慶応から明治初年にかけて、瑞松は京都での彫刻製作活躍を続けていましたが、

公卿の三条実美や岩倉具視の勧めを受けて、

明治11年(1878)に東京へ移りました。時に42歳でした。

新たな東京での活躍の舞台を得た瑞松は、宮内省から指示を受け、

明治天皇が愛用される書棚などに彫刻を施し、

年々、工芸家としての評価が高まりました。

このように彫刻の大家として世に知られるようになった瑞松ですが、漆器の制作も始め、

漆器の作家としても頭角を現します。そして、さらに漆を活用した新たなを製作の道へ歩み出します。それが漆の特性を利用した錆止め塗料なのです。

 

 

 

◇船底塗料の開発・・・

 そのころ、たまたま政界要人の間で語られていた話が瑞松の研究心を刺激しました。

それは、「現在、世界の鉄製船舶が海水によって船底を侵食されるため、

6ヵ月ごとに入渠(にゅうきょ)して塗装しなおさなければならない。もっと強力な防錆塗料が開発されて入渠周期を延長できれば、

わが国はもとより、世界の大きな利益となるだろう」という話でした。 

「鉄船の満載吃水線以下で海水中に没する船底部は、陸上の一般被塗物と違って最も過酷な悪条件にさらされる。

塩分の影響で発錆侵食が甚だしく、また海中生物の付着による船底の汚損は航行速度の低下、燃料石炭の浪費、

入渠再塗装回数の増加など経済的ロスがきわめて大きい。」漆工芸家でもあった瑞松は昔から漆の防錆機能を知っていました。瑞松は漆を主成分とする船底塗料の研究に着手しました。

各種原料、配合比を検討し、横須賀造船所の周辺海域で各種の塗装鉄片を浸漬してその結果を検証、さらに効果的な配合を探求する実験をくりかえす。ようやく自信のもてる塗料を完成し、海軍省の許可を得て横須賀造船所で泥流船の船底に塗装し、初の実船テストを実施したのは明治17年(1884))11月のことでした。

同船の船底鉄板の腐食凹凸面に塗装してから7ヵ月を経過後、再入渠してチェックを受けたところ、海軍省から「堀田式船底塗料が防汚性は他の塗料よりもやや劣るが、防錆性は外国製塗料よりもすぐれてベストである」

と評価されました。

  

◇日本特許第一号を取得した船底塗料・・・

 わが国で専売特許条例が公布されたのは明治18年(1885)4月18日です。特許制度発足後、

約4ヵ月を経て最初の特許技術が生まれました。

  瑞松は、その前年に横須賀造船所でおこなった堀田式錆止塗料の実船塗装テストの結果に自信を得て、

明治18年(1885)7月1日に農商務省の専売特許所(所長高橋是清)へ出願し、同年8月14日付で特許を取得。

これが日本の特許第一号となった「堀田鑛止塗料及ビ其塗法」です。


その発明内容は、当時の一般技術水準からすれば、やはり注目すべき着想でした。
 

この特許の標題に “錆止塗料″とありますが、実は“防錆と防汚″との両機能を併せもっています。

また生漆をはじめ在来の国産原料だけを使用しており、

 瑞松はこうして日本特許第一号の発明者という栄誉を得ましたが、その研究心はとどまるところを知らず、次のステップに向かいます。

 

 堀田式錆止塗料は防汚性がまだ十分ではなく、それを向上させなければ船底塗料が完成したとはいえませんでした。海藻や介虫など海中生物の船底付着は、常に船舶がかかえる最大の難問です。平時において直接・間接の損害が大きく、まして有事の際に艦艇の航行速度の低下は国家の存亡にもかかわるのです。

 瑞松も錆止塗料の開発以来、さらに船底防汚塗料の研究を進め、その成果は逐次、軍艦をはじめ一部の民間船舶に採用され、

さらにロシアの軍艦にも採用されました。堀田式船底塗料は、このすぐれた実績によって欧米先進国からも熱い視線を注がれることになったのです。

 

 ロシアの旗艦“ドミトリ・ドンスコイ”はウラジオストックに入港したとき、電気化学的腐食が甚だしく、噂にきく堀田式船底塗料を塗装するため横須賀に回航しました。塗装後、帰国しましたが、その成績はきわめて良く同国海軍も大いに喜びました。翌年、同艦が横須賀へ再入港した際に艦長スクルイドルフ大佐はとくに瑞松を招待して謝意を表しています。

 

 このような海外からの賞賛に満足することなく、瑞松は特許第一号の錆止塗料についで、防汚塗料を開発しました。「介藻防止漆」として出願し、明治23年(1890)7月15日付で特許第918号を取得。この塗料も海軍での採用を申請し、同年8月5日付で承認を受けました。

 

 このように防錆・防汚の両塗料を完成し、それが海軍省に採用されることとなり、塗料工業への道を順風満帆で進んでいた瑞松の行く手を阻む逆風が吹き始めました。資金繰りの不調です。彼はこの発明のために巨額の資金を投入してきましたが、当時、わが国の軍艦はわずか30余隻。塗料の機能維持期間が長いため再塗装のときまで休業状態、つまり船底塗料の需要が少な過ぎたのです。これでは事業として成り立たず、工場経営が窮迫するのは当然であり、明治25年(1892)、工場を休止することになります。こうして瑞松は技術において成功しましたが、経営は挫折しました。

 

 その後、明治29年(1896)に海外の造船事情の視察のために渡米・渡英を行い、明治38年(1905)、69歳になった瑞松は再び渡米の途につき、滞米中の明治42年(1909)に米国特許2件を取得しました。

 

◇堀田瑞松・賢三親子による個人経営時代から法人経営時代へ・・・

事業経営において、瑞松は「大輪の花を咲かせえず」でありましたが、瑞松の塗料開発の想い

 と意思は、息子である堀田賢三にバトンタッチされ、大正元年(1912)開設の「日本漆業研究所」、次いで、大正4年(1915)2月開設の「研光社」へと受け継がれました。 そして、賢三が技師長として参加した「日本化工株式会社」(現在の日本化工塗料)の法人経営が大正6年(1917)10月26日にスタートしました。

  大正5年(1916)9月8日、瑞松は80歳で亡くなりました。日本化工株式会社創立一年前の他界であります。築地本願寺での葬儀での友人総代は、初代特許庁長官である侯爵高橋是清でありました。

そして、遺体は谷中の天王寺墓地に葬られました。

 前述のとおり、当社は大正6年(1917)10月26日に日本化工株式会社として創立し、平成29年(2017)年10月26日に会社創立100周年を迎えましたが、堀田瑞松と瑞松の日本特許第一号は、昔から今、そして未来へと繋ぐ当社の不断のアイデンティティーであると考えています。よって、瑞松が「堀田鑛止塗料及ビ其塗法」によって、日本特許第一号を取得した明治18年(1885)8月14日を当社の創業の日としています。

  

 ◇日本特許第1号「堀田錆止塗料」の再現実験について・・・

 平成21年(2009)、日本国特許第一号である堀田錆止塗料の再現実験が

京都市産業技術研究所塗装技術研究室の協力により行われました。


特許第一号塗料の配合は、下記(※)のとおり。    

(※)生漆/鉄粉/鉛丹/油煤/柿渋/酒精/生姜/酢/鉄漿

=100.0 / 20.0 / 2.0 / 0.3 / 1.0 / 0.4 / 0.4 / 1.0 / 0.5


同年夏には、海中浸漬試験用の塗装板が東京海洋大学海洋工学部浸海試験所の試験装置に取り付けられ、6カ月の海中浸漬試験に臨みました。その結果、現代の船底用塗料に比べ、フジツボなどの海中生物の付着面で劣るものの、鉄板を腐食から見事に守り抜きました。また、浸漬試験で海中生物が付着し、ある程度の厚みまで堆積すると、塗り重ねた塗膜の上層が海中生物と一緒に剥落し、下層塗膜が新しい防汚面として露出することも判りました。堀田錆止塗料は、鉄部の錆止機能に優れ、船底へのフジツボや海藻類の付着を低減して、推力を維持する(燃費を向上させる)当時の省資源・省エネルギー最先端技術であったと言えます。まさに、日本国特許第一号に相応しい塗料であることを、百二十数年を経た後にも実証できました。 

 

◇おわりに
少し長いコラムでしたが、

ここまでお読みいただきありがとうございます。 

当社は創業者 堀田瑞松の技術追求姿勢を忘れず、より新しい自由な発想で、今後も付加価値の高い機能性塗料を世に送り出すことを目標として、製品開発に取り組んでいきます。みなさまと成果を分かち合える日を楽しみにしております。

 

 

<参考文献>

1)日本化工塗料株式会社70年史「波涛を越えて」(1993)

 ⇒なお、社史「波涛を越えて」の “堀田瑞松と日本特許第一号” を

「もっと詳しく知りたい」と思われた方は、こちらをクリックして下さい。

 

2)株式会社アグネ技術センター 月刊誌「金属」Vol.84[No.9]、(2014)

 「金属の特許こぼれ話(第16回:最終回) 堀田瑞松と特許第一号」

 

 

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